健康は他力本願

健康は他力本願

長い間、ブログの更新をさぼっていました。

更新をしない間、何もなかったというのではなく、私の中ではむしろ健康についての考え方で大きな変化、発展がありました。

 

今年の夏ごろなのですが、あることから突然、健康の決め手は「他力本願」だなと思うようになりました。

 

私は、今まで健康のことを考えない日はないと言って良いくらい毎日、頭のどこかで身体や健康のこと世の中のこと宇宙のことを考えてきましたが、その考えの断片が突然うまく連結してきて一つの道筋が見えてきたという感じです。

健康には、腸が大切、食事が大切、背骨や神経の伝達が大切、波動が大切、人間とはそもそもどういう存在か、などなど健康を巡りいろいろテーマを持ってきました。

ここ10年以上は健康には思いが一番大切と考えるようにもなっていました。

そうした中で今までの断片的な考えや断片的な結論が繋がってきた感があります。

それをひとことで言い表すと「他力本願」なのです。

他力の猫

 

他力本願は一般に、人まかせ、他人に頼り切った姿勢として使われていますが、本来は仏教からきている言葉で「他力」とは、阿弥陀如来の本願力のことと書かれています。

仏教のことは良く分かりませんが、宇宙には星の数ほど神々がいて、その神々の頂点に立つのが阿弥陀如来ということですから、宇宙の唯一の神、ワンネスの神のことであり、その本願ですから「愛」だと私は解釈しています。

 

しかし私が健康は他力本願と言う「他力本願」は、それとも少しニュアンスが違います、もちろん煎じ詰めれば愛だということに違いはないのですが、そこまで煎じ詰める前の段階の方が話しに広がりがでます。

ただ、この「健康は他力本願」という話は、かなりの説明を要することなので簡単にお伝えすることは出来ません。

なので今回はごくごく簡単に大枠をお伝えしておきます。

細かなことは、私の発する様々な情報の中でだんだん理解していただけると思っています。

 

私は常々、私たちの身体の機能をつかさどっているものは全て物質化している分けではないと言っています。

現代医学は物資化している肉体のみを見て身体の機能を説明しようとしているのでおかしなことになっています。

西洋医学に限らず健康について書かれたものや話を聞いているとほとんど身体の物質化した部分しか念頭にない感じがします。

 

先ほどはごく控えめな表現で「身体の機能をつかさどっているものは全て物質化している分けではない」と書きましたが、実のところ身体の主役、健康の主役は物質化していない部分です。

その物質化していない部分は、とてつもなく大量の情報を瞬間的に処理したり身体についての叡智に富んでいて、ほとんど神と言ってよいほどスマート(賢い)ので、私は内なる神と呼んでいます。

とんでもない能力が物質としての肉体の陰に隠れて働いているのでパッと見は肉体がその機能をしているのかと思ってしまいます。

西洋医学はそうした仕組みに完全に欺かれて、そうだと思いこんでいますが、まったく違います、物質化していない偉大なインテリジェンスが陰で身体の機能を支えています。

 

この陰に隠れたインテリジェンスやエネルギーを他力と表現しています。

ですから「健康は他力本願」です。

今回はこのくらいにします。

以上

健康は他力本願

 

 

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